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今が一年で一番日の長い時期ですが、相変わらずの梅雨空ですね。
午後ちょっと雨が止んだのを見計らって気仙沼内湾を息子と散歩しました。
見ごろが過ぎたハマナスは代わりに赤っぽい実をつけてますね。そんな中
内湾にも一箇所だけアジサイが綺麗に咲いていました。
kiri駅長が橋りょうの保線作業を見かけたようですが、私も以前新月渓谷のもぐり橋
のところで作業しているのをみかけまして、ちょうどその時、「ウォーン!」とサイレン
が鳴って列車が通過したのを見たことがありました。
okucyanさん
いや〜、さすがに生まれる前の話なので私は降参ですね(笑)。
昭和45年頃のお話なのですね。
記録上では、昭和43年3月には大船渡線から蒸気機関車が無くなっているようなの
ですが、ただ、その後も定期列車以外ではイベントなどで蒸気が他からやって来るという
ことはあったのかもしれませんね。「ポンハ」というのは何の名前なのでしょうか?
okucyanさんが通学で使われた折壁駅ですが、一昨年取り壊される前まで「飛び乗り飛び降りは絶対おやめください」とか「入場券でお見送りの方は車内に立ち入らないで下さい。お見送りにテープの使用は固くお断りいたします」などという注意書き板が柱にかかってました。客車時代や駅員がいた頃を思い起こさせるものでしたね。
無人になった後も199?年頃までは売店があったそうです。
大谷駅前の自動販売機のお話もありがとうございました。
これもまた私は見たことがありません。100%果汁オレンジだったので常時カクハンしてないといけなかったのでしょうかね。自販機といえば、昔はお金を入れてボタンを押すとすぐに「ボン!」と商品が落ちてきたものですが、今は防犯上の理由だと思いますが、「ウィーン・・・」と音がなってなかなか出てこないのがもどかしいですね。それにしても一杯10円というのがまた時代を思わせますね。
さて、懐かしい話が続いているということで。
写真自体は古いものではないのですが、一関市の「一関文化センター」の敷地内に保存してある「C58 103号機」の足回りを撮影したものを載せたいと思います。昭和13年製造、会津若松をはじめとして宮古、一ノ関、盛岡、八戸などで活躍し、特に大船渡線では昭和25年7月から18年間活躍した機関車だそうです。
ご覧のように、外装の状態が良いのは毎年退職された国鉄OB会の皆さんが塗装の塗り直しなどを行ってるからだそうです。
一関文化センターに保存してあるC58 103号機
今にも走り出しそうなくらい立派ですね!
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