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夕べは

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月19日(土)07時10分25秒
返信・引用
  久しぶりの酒におぼれていました。
書かずもがなのことを、ついくだを巻いてしまい、すまんことでした。

日食でも見て、心を静めてから職場へ参るといたします。
 

ちょっと

 投稿者:k,y  投稿日:2012年 5月19日(土)02時48分47秒
返信・引用
  冗漫にしゃべりすぎて気分を害してしまったみたいです

時々、自分が発達障害かもと思ったりしているこのごろです ご容赦ください

仕事に余裕ができるようになれば、またこちらにもおいでください

当方は、当分再就職のめどはありませんから 

http://yaplog.jp/muro-kumano/

 

誰だって

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月18日(金)21時27分28秒
返信・引用
  してます。そのくらいの苦労は。
歯噛みするほどの、
死ぬほどの



つい昨日まで
明日が見えぬほどの
今日どうやって生きればいいのかと途方に暮れて

その昨日がうそのように
血肉に食らいつけている自分という
ぞんざいに扱われてきた民衆の

15年、仕事がなかった!

じゅうごねん。


やっと。やっと。やっと。やっと。
やっと


明日からはもう、どうやって死ぬかを考えずに済むのだ。

 

商いのプロだった

 投稿者:k,y  投稿日:2012年 5月16日(水)02時40分15秒
返信・引用
  Kawakatuさんには釈迦に説法だと思いますが、雇用者の側から言えば例え少しできが悪くても、今は使い勝手の良い代わりはなんぼでもあるってことで、それに年齢というハンディが加わるから、どんな仕事も大変だと思います

Kawakatuさんが、気持ちよく働ける、風通しのよい職場であれば良いですね

http://yaplog.jp/muro-kumano/

 

ふ~む、なるほど!

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月15日(火)20時05分7秒
返信・引用
  なんかぼくは自尊心の権化みたく思われとるようで・・・^^
確かに内奥に隠してきた自尊心やいいたいことをブログでは書きなぐってはいますが、そもそもぼくは最初の就職から商売人で、ずっと公私を使い分けて生きてきました。で、それがいやになって会社勤めを自分からやめたわけです。
で、もう長いことネットに言いたい放題書き続けている、そのかわかつしかみなさんは見ておられないわけでして、現実のぼくは人に言わせると「なんや普通の人やんか」だったわけですが、最近、確かに、ネットの悪い癖が実生活にも出始めていたので、ちょうど軌道修正にはよかったです。

ただし、ネットではこれまでどおりのかわかつ節、強記、押しの強い書き方をしていくつもりです。ぼくの実際は一度お会いしたからおわかりと思いますが、ごく優しい、明るい九州人プラス関西商売人ですよ。ご心配なく。


と書くと慢心してしまうことも多いけれど。
やっぱり人は慢心が最も危険ですね。魔がさすと切れてしまう。
ご忠告、ちょうだいしておきます。

一年目、五年目が危険なオウマガ時ですなあ。
運転なんかもそのくらいに事故がおきる。
いいとしになると、頭が次第に固くなって、柔軟性がなくなるので、切れないようにがんばる所存。
 

人が培った

 投稿者:k,y  投稿日:2012年 5月15日(火)16時25分17秒
返信・引用
  自信と自尊心は誰にもそれとなく分かるものですが、それが必ずしも周りに良い感情を持たれるとは限らないもので、環境の変化に対応するためには発想を転換しなければならないです

まあはじめからある程度は覚悟してましたが、私もそれが一番難しかったので、リストラされました

http://yaplog.jp/muro-kumano/

 

20日が

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月15日(火)14時13分44秒
返信・引用
  今日の連絡では初出勤になるような話でした。
21日の金環食見たいけれど、かなり南部に行かないとだめみたいです。残念。
 

面接では

 投稿者:ダダさん  投稿日:2012年 5月15日(火)09時33分18秒
返信・引用
  必ず「猫をかぶって」
塩らしくして、良い子ぶってください。

人は見た目で採用の可否が決まりますからね。
 

いやいやまだ決定したわけでは

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月15日(火)07時54分26秒
返信・引用
  まだ仮決定で、ちゃんと面接を受けてから本採用へという手順がありますので、本決まりになったらという話です。

今日、明日はまだ記事を書くかも知れません。

夜間の仕事とは言っても時短の世の中で、せいぜい4~5時間くらいしか働かせてもらえないでしょうから、雀の涙ほどの家計の助け的な収入になるでしょう。もうひとつアルバイトでもしなければと考えていますが、なかなか・・・。

 

就職おめでとうございます

 投稿者:k,y  投稿日:2012年 5月15日(火)02時14分48秒
返信・引用 編集済
  ブログのアップが減るのは寂しいですが

でもよく見つけましたね

自分の才覚でお金を稼ごうとすれば、結局じり貧になってしまうし、お金を稼ぐのは、プライドを捨ててでも就職して人に使われるのが一番です

仕事が無くなって初めて、この年になってお金を稼ぐことの難しさが分かります

ゆとりと経済力と両方ともなんて無い物ねだりというものです

なんといっても男性にとって仕事があるというだけで、ステータスですから

 画像は得生寺、二五菩薩がKawakatuさんのお祝いにおでましです

http://yaplog.jp/muro-kumano/

 

夜間の仕事は

 投稿者:ダダさん  投稿日:2012年 5月14日(月)21時44分53秒
返信・引用
  肉体的な疲れだけではなく、
精神的なものも相当あると思います。
Kawakatuさんも、もう若くはありませんから、
十分に自分を労わりながら、お勤めしてください。

書ける間は、一月ごとに更新するつもりです。
大体、月初めになると思いますので、時間があれば覗いてください。
 

ダダさんへ

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月14日(月)20時50分17秒
返信・引用
  明日から夜間の仕事に出るようになりそうなので、慣れるまでしばしブログや書き込みを休ませていただきます。続きはいずれまた。

笛吹神社さん、書き込みどうもありがとうございました。
 

謎多き、尾張氏

 投稿者:ふえふきじんじゃこふんくん  投稿日:2012年 5月14日(月)20時02分42秒
返信・引用
  名古屋からはじめまして、今たまたま名古屋市博物館で「尾張氏☆志段味古墳群をときあかす」展開催中です。最新の出土品と90年ぶり京都大学所蔵品が里帰り中!よかったらお立ち寄りください。と、一、歴史好き名古屋市民からでした。

http://homepage2.nifty.com/island2/kofun1.html

 

大王たちは

 投稿者:ダダさん  投稿日:2012年 5月13日(日)08時44分12秒
返信・引用
  当然、自分にとって都合の良い「家系」を作ったはずですから、
その「親子」「兄弟」「夫婦」関係の全てを疑いだすとキリがありません。
今、考えているのは、それぞれの時代に「何々さん」という名前に相当する王様らしき人物がいたのだろうという位のものです。
ただ、入れ替わり立ち代わりの王位争奪劇の中でも、かなり「血縁」で結ばれた家系があったと想像しています。その一つが「息長」だと思うのです。

阿蘇ピンク石が蘇我氏にもつながるとすれば、蘇我と九州の関係が浮上しますね。
 

広姫以前は

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月13日(日)06時41分21秒
返信・引用
  応神の嫁ハンの真若中比売まで遡りますが、すごい飛び方で、しかも継体を正当化するがための系図になっています。すれに比べて広姫の場合、『日本書紀』成立同時期のことなのでうそは書けなかったでしょう。
応神がいたかどうかも疑わしいので、ここに息長の妻が入るという構成は、継体のための前倒しでしょう。ぼくの見方でしかありませんが。

阿蘇ピンク使用古墳になんらかの一貫性があるかどうか、見当がつかないままです。
「四天王寺」「荒陵」が気になります。
 

神功皇后は

 投稿者:ダダさん  投稿日:2012年 5月12日(土)20時09分1秒
返信・引用
  実在した誰かの配偶者を偶像化したものだと思いますが、
「息長」の系統は、
KAwakatuさんの見方よりも、ずっと古い時代から在ったと考えています。
つまり応神は、それまでの大王家とは異なる家系のはずですから、その一族がいわゆる
大王家の「系譜」を大幅に改編しているはずです。そして、継体とされる人物の一族についての「系譜」も付け加えられたはずです。
問題は、その大元となったであろう「応神」の出自だと考えています。
その推理の手助けになるのが、阿蘇ピンク石だと思うのです。
ピンク石は誰が持ち込んだのだろう?という問いかけに、ある人『それは自分が生まれた地元の石だから、墓石にしたかったのだろう』と答えたのが印象に残りました。
肥の国にかかわる人たちが持ち込んだと見るのが自然だろう、と。
 

息長系譜は

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月12日(土)19時09分58秒
返信・引用
  広姫から始まると思うのですが、それ以前はすべてが正当性をいうがための仮冒の気配が濃色なんです。息長はたぶん新参者だったと思います。大筒木氏とかも怪しい気がします。

天智・天武の系譜のために創作されたのが神功皇后かと見えます。
あくまでもぶくにはですが。

 

「息長」に代表される

 投稿者:ダダさん  投稿日:2012年 5月12日(土)18時55分2秒
返信・引用
  一族は居たのだと思います。
大王家そのものだったのか、それとも傍流だったのかは別にして。

蘇我氏を排除した藤原氏にとって、息長も目障りな存在だったと思います。

確かに居たと考えられるのは敏達くらいでしょうかね。
 

石棺は

 投稿者:Kawakatu  投稿日:2012年 5月12日(土)18時16分51秒
返信・引用
  ひとつが組み合わせ式、二つが家型でした。

いつも言うことですが、もしかすると「つなぐ」ために記録されただけだったのかも知れないし、本当にいたのか、いなかったのか・・・この四人。
激動の時代だといいますが、四世紀より、意外ともっと謎ですね。

 

石棺材も三つ出ましたから

 投稿者:ダダさん  投稿日:2012年 5月12日(土)18時06分17秒
返信・引用
  三人の被葬者が居たかも知れません。
継体の「子」欽明は、その諱が伝えられていません。
その欽明陵かも知れない円山古墳も、あのような様になっています。
本当に不思議な大王一族です(安閑も含めて)。
 

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