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「ラン」を読んで その2

 投稿者:返事はいらない 終  投稿日:2008年 9月19日(金)16時25分25秒
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  ぼくはマラソンで人生が変わるほど人生甘くないと思っている。

マラソンの苦しみはあくまで「肉体的苦痛」であり、人生には多くの「精神的苦痛」を伴

う。肉体的苦痛は苦痛の対象がなくなればすぐに癒えるが、精神的苦痛は対象を取り除い

ても心の傷となりいつまでも残る。時間が解決するものもあるが、時間がたつにつれて、

歪められ、誇張され、トラウマとなって苦しめ続ける。人間とは脆い生き物である。

ぼくは走れなくなった元ランナーです。

失望し、絶望し、うつのひきこもりで何の希望のない日々を送っていました。

こんな自分を変えたいと思っていました。でも変われない自分がいました。

こんな自分でも、自分が自分でなくなることに恐怖さえ感じていました。

でも思うのです。変わる必要はないのではないのだと。

自分を愛し、自分の良いところを伸ばしてゆけばいい。

「T(ぼくの名前)と一緒にいると心が和む」と言われることがあります。

「囲りの空気を柔らかくし、囲りにいる人を和やかにし、暖かなしあわせな気持ちになっ

てもらう。」もしかしたらこれはぼくの指命かもしれません。だからいつまでもつまずい

たままではいけないのです。

さっき述べたとおりマラソンで人生が変わるほど人生は甘くないと思う。

でも人生が変わるきっかけを作ってくれるのは確かだと思う。

このところいろいろな事があり、ぼくの心の中で止まっていた時計がゆっくり動き出した

気がする。その時計はすぐに遅れるしすぐに止まる。でもまた動きだす。ゆっくりとゆっ

くりと動き出す。

いつかまた「走りたい」という気持ちからいつかまた「走ろう」という気持ちに高めてゆ

くまでそう時間はかからないと思う。

そしていつか走れるようになったとき、ぼくはあのひとに会いにゆこうと思う。

追伸 おじゃましました。

   いつかまた遊びにくる・・・・・・かも?
 
 
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